2024年 09月 19日
出来ない自分を嗤う
2024年 09月 15日
すったもんだで再起動
2024年 09月 12日
身を引く後悔も良き事なり
2024年 09月 08日
継続と運のめぐり逢い それと努力
今日の想いごと
最近、運と努力/才能を比例、対立させる論調のYouTubeを多く見かける。
日本もマスコミを筆頭に表向き努力を迎合する社会であるが、スタートラインはかなり違って言ってることと乖離したりしている。
その絶望から運を信望するし、スタートラインが違えば、当然知力体力の差もある。
自分の稚拙な文才に泣けてくる、本をあまり読まない仇がここで来たようだ。
やはり障害、ハンデがあるとぐんとスタートラインは下がり、遅い出走にゆるいスピードで走るしか無い。
運動も成績も「1」当然男女構わず罵倒され嘲笑され、思春期敏感な田舎の中学生時代は地獄だった。
運を掴むというが、障害者はスタート地点で運から遠い場所に居るわけだから、
いくら救済措置の福祉、助産施設で社会に触れると言っても、一般就労出来ない屈辱は変わらないし
外に出れば社会という現実があるのでごまかしが効かない。
親を責めても、医者や薬を責めても虚しく暖簾に腕押しでやり場のない人生をトボトボ歩くだけである。
ただ、喜ばれたり驚かれたりしたものが、趣味の模型だった。
「金にならないものにプライド持って何になるんだ」
家族に笑われたが、それでも何か信念と情熱そして自信があったのか、
模型だけはやめなかった。
模型の中でも飛行機模型のリベット表現「点描」が好きで、一日やってても飽きない、
は言いすぎだけども結構な時間頑張れる。
それが後の作る模型の大きなセールス/アピールポイントとなる。
模型を続けてたから、そのリベット表現を行う努力に巡り会えたのか?
頑張るものに巡り合うのも運ではないのか?だからスポーツ選手など才能が開花するのではないか
と考えたりする。
それも運が来ても、「チャンスの尻尾をつかめ」ともいうが、
その尻尾を掴むためにとりあえずやってみることも重要ではないかとも感じたり・・・。
そうは言うがハンデはハンデ、人並みに生きることがかなり難しく、
流石に中学生時代のごとく笑われていることはないが、自立、役職がついた人間と
比べてしまうとなかなかシビアなところがある。
それでも模型については天命じみたものがあるので、日々努力、鍛錬は怠らないようにしている。
模型も展示会以外で誌上やSNSですごい作品を家で見れる時代、はやり技術や技法も日進月歩で、
90年代より加速している感じがある。
だからこそどの技術を行うか取捨選択できる時代、むしろ運やチャンスがごろごろ転がっている時代なのではないか?
だからこそあれもこれもと二兎追わず、しっかりと「できる」「得意」を見極めて、そのうえで努力して、
良いものを作っていかなければ、とブレやすい思考を引き締め直さなければと思った。
2024年 09月 03日